『仮面ライダーW』における家父長制の崩壊

はじめに

2009年6月から2010年5月まで放送された『仮面ライダーW』は、「仮面ライダー」シリーズにおける平成2期のスタートを飾る作品であった。平成2期については、次のように記述したことがある。

「平成2期」は、一度〝総括〟が行われた「平成1期」からの連続性は担保されつつ、そこにオリジナリティを加えなければならないという問題意識の中で、かつ〝商業主義〟という側面も強調されてくる。この〝オリジナリティ〟は、例えば特撮経験のない脚本家に脚本を担当させたり、あるいはそのフォルムにユニークなものを採用することで発現される。

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 『W』の脚本家は三条陸であり、突飛な人選とは思えないが、何より「2人で1人の仮面ライダー」という設定は、実はいかにも「平成2期らしい」のではないか。

今回は、そんな『W』を「家父長制」という観点から分析していきたい。

仮面ライダー」と家父長制

家父長制について、『日本国語大辞典』では次のように説明している。

(1)父系の家族制度において、家長がその家族全員に対して支配権をもつ家族形態。奴隷制社会、封建制社会にみられる。

(2)家父長制的家族のイデオロギー、およびこれを原理とする社会の支配形態。家長制。

"かふちょう‐せい[カフチャウ‥]【家父長制】", 日本国語大辞典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2018-08-10)

ちなみに、家父長制と「仮面ライダー」の関わりについて、次のように記述したことがある。

仮面ライダーWの変身者は2人いるが、その一方であるフィリップの父親は、実は敵のボス・園咲琉兵衛なのであって、敵を倒すことはたちまち父を殺すことと繋がる。もちろんこの観点から『W』を見る際には、この物語自体が、鳴海探偵事務所という意図的に構成され拡張された「家族」と、ミュージアム=園咲家といういわば伝統的=家父長制的な「家族」が対立し、最終的には前者の「家族」が勝利する、言い換えれば、家父長制が敗退するという観点を忘れてはいけない。

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 この記事に記してあるとおり、「仮面ライダー」における「親殺し」という命題は、実際には家父長制に接近する可能性を持つのである。

家父長制と拡張される家族の対立

『W』の構造を端的に言えば「ミュージアム」と呼ばれる組織を統率する園咲家と、鳴海探偵事務所の対決と言い換えられる。園崎家の方が、いわば家父長制的な、もしくは封建的な理想の「家族」ということになるが、一方鳴海探偵事務所はどうか。

この鳴海探偵事務所は、左翔太郎・フィリップ・鳴海亜樹子という、まるで関わりのないような3人が、物語終盤にかけて「家族」を構築していく。実際それが、家族との間で揺れ動くフィリップを支えることになるのである。

すなわち、鳴海探偵事務所では「家族」が拡張されていると言っていい。

この「家族」の拡張というのは、普遍的なテーマでもある。例えば、映画『そして父になる』、(漫画は読んでいないのだが)映画『海街diary』、映画『万引き家族』がそうであったりするわけだし、「実は血がつながっていない子ども」と本当の家族以上の仲を築く作品には、誰しも心当たりがあるだろう。

実は、最も簡単に家族を拡張する方法というのは、「結婚」である。同じ「仮面ライダー」シリーズで言えば、同じ三条陸脚本の『仮面ライダードライブ』が、泊進ノ介と詩島霧子の結婚によって、霧子の弟である仮面ライダーマッハの変身者の剛とも義兄弟の関係を結ぶ。他にも「ハリー・ポッター」シリーズでは、ハリー・ポッターハーマイオニー・グレンジャーが結婚するのではなく、ジニー・ウィーズリーが結婚し、ハーマイオニー・グレンジャーの方はロン・ウィーズリーと結婚することで、最終的に登場人物のほとんどが「家族」になる。「ハリー・ポッター」シリーズでは、ハリー自身が母の「愛」という魔法によって守られた、という設定上、「家族」は並々ならぬ意味を持つ。

拡張される家族と家父長制の対立は、例えば、園咲冴子が結婚に失敗する、というところに現れている。即ち、「園咲家」は決して拡張され得ないのである。

鳴海亜樹子が最後に照井竜と結婚する。それは左翔太郎とではない。それは鳴海探偵事務所は疑似家族なのであって、家族内で結婚はし得ないからなのだ。

家父長制の敗北

本作は家父長制の敗北で物語が終わる。それは、園咲家が火に包まれる、というだけの話ではない。

園咲琉兵衛は死ぬが、園咲若菜は生き続ける。彼女はミュージアム、ひいては園咲家の再興を目論むが、それはうまくいくはずがない。なぜなら「彼女が女性だから」である。女性である若菜には、家父長制の再興などできないのである。

園咲家の将来が託されたのは、結局男子のフィリップであった。そして同時にフィリップは、拡張された擬似家族=鳴海探偵事務所のメンバーであり、そのフィリップが左翔太郎と2人で1人の仮面ライダーになる、という段階で、家父長制は終わりを迎える。やや大仰な言い方をすれば、家父長制は仮面ライダーに変身することによって、去勢されるのである。

まとめに

『W』において、家父長制は崩壊する。それは園咲家に象徴され、勝利するのは、拡張された擬似家族である鳴海探偵事務所なのである。そして園咲若菜が園咲家の想いをフィリップに託すことで、家父長制の敗北は決定的なものとされ、鳴海探偵事務所はついに園咲家に勝利を収めるのである。

付論

『W』の語り手は判然としない。毎回最後に、翔太郎がタイプライターに向かって、ローマ字で報告書を仕上げるシーンが挿入される。私たちは、もしかすると翔太郎の報告書を読んでいるのかもしれない、という状況で、この物語を「読む」のである。

その点について、次の言葉を引いておきたい。

それでは今から、私は書きはじめ、あなたは読みはじめる。お互いに、古代のローマ人はどういう人たちであったのか、という想いを共有しながら。*1

長いシリーズの中で、どんな英雄の逸話よりも、深く感動を与えた塩野七生ローマ人の物語』の冒頭である。

「今まさにこれを書いている」ということを明らかにすることによって、「書く」瞬間と「読む」瞬間が一致し、それがともに経過していくような感覚を覚える。これはレッシングが『ラオコオン』中で文学を「時間芸術」としたこととも無関係ではあるまい。

*1:塩野七生ローマ人の物語1 ローマは一日にして成らず[上]』(新潮文庫、2002年)なお、初出は単行本(新潮社、1992年)